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「Whatを列挙するときにHowを列挙する人間」である私

研究

Whatを列挙するときにHowを列挙すべきでない - 発声練習
それが実現できないならば何の意味もないじゃないですか! - 発声練習
id:next49さんの記事を読んで、研究中常に「Whatを列挙するときにHowを列挙する人間」であった私なりの思うところを書きたかったのだけど、考えがうまくまとまらない、書けないで時間がかなり経ってしまった。

なぜ私がそんな人間だったんだろうか・・・考えるに

  1. 研究期間が短かった
  2. なんらかの成果が必要だった(システム、ソフトウェア)
  3. 1,2の中でWhat,WhyとHowを分けて考えられるほど、Howに自信がなかった。

というのが理由かなと思う。

だから期限内にうまく良く方法しか考えない。そうするとid:next49さんが言ってるように

自分のカードだけで戦わなければならないとき、上述のHowから逆算してWhatをでっちあげるという自体が発生する。

Whatを列挙するときにHowを列挙すべきでない - 発声練習

でっち上げをする。まさに私の研究はこんな感じ。期限について、私自身はすごくプレッシャーだった。「卒業できればなんでもいい」くらいの勢いだった。もう就職活動したくない!来年も研究したくない!。10月にテーマを変更することになり、さらに焦ることになった。だから私の研究は
卒業するには成果が必要->教授が与えるテーマで作れそうなもの、現実的なものを探す->それをなんとなく作る->「これなんなんでしょうね?」と教授と話し合う->教授「こういう使い方ならありじゃない?」->私「それなら出来ます。そのように改良します」->二人「結局これって何なんだっけ?何したいんだっけ?」
という悲惨な流れを辿っていた。

研究室に3年間いた経験では、研究がうまくいく学生は
(研究期間が長い)and(他人によく相談している)
という条件によく当てはまってると思う。早いうちに(焦りがでないうちに)教授と研究について、whatを意識して何度も議論する。それを研究室のメンバー、研究内容を話せる範囲にいる人達と議論することで

よく、素人が**の開発のキーパーソンだったという話があるけど、それは、素人はHowを知らないから、純粋にWhatに注力できるために生じることと私は解釈している。

Whatを列挙するときにHowを列挙すべきでない - 発声練習

と似た効果を発揮するのではないだろうか。


3年間(実質1年は・・ry)研究をしていて、上記2つの記事は非常に共感できるものだったので、これから大学に入学する人、研究室に配属になる人は是非読んでみてください。

追記

間違って編集中の記事を一度アップしてしまいました。そしてすぐ削除してしまいました。
id:next49さんにはトラックバック等ご迷惑をおかけしました。
RSSリーダ等で編集中記事をご覧になった方もいるかと思います。ご迷惑をおかけしました。
申し訳ありませんでした。